点の記秘話

7月6日 【覘標】 剱岳 点の記


点の記に覘標という言葉が出てくる。地形測量のために三角点のそばに立てるもので戦後は使われていない。それを実際に見た話。


2004年3月7日 鹿又岳山頂 ナスガルさん
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ようやく下山の目処が立ったような気がしてちょっとホッとしている私。
しかし実は下山はこの7時間先の真っ暗になってから。
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我々が寄りかかっている木の工作物、何かお分かりになるだろうか。
これが点の記に出てくる三角点測量用の覘標である。もちろん戦前の遺物。

2004年の男鹿山塊縦走(悪天候と私の疲労のため敗退し深山ダム→男鹿岳→鹿又岳→日留ケ岳→塩原温泉下山) の時に踏んだ鹿又岳山頂に残っていた。この時ナスガルさんから測量用の物だとは伺っていたが、昨日栃木283+の山部藪人さんから「あの時見たんじゃない?あそこにあるのが覘標ですよ」ってお知らせを頂いた。

山部さんは点の記をもう2回もご覧になって普通の人では気が付かないことを発見されておりました。私信なのでコピペは控えますが、覘標の木材や標石を準備している場面で標石上に2,3秒映る「基本」の刻字、あれは戦後のものだそうですね。国交省監修でちょっと記録映画っぽいのに残念との感想をお持ちでした。

ちなみにこれは前日17:56の男鹿岳山頂。この工作物は違うのかな?
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この後2時間近く行動し私は精神的に参って血尿、翌日ナスガルさんは頻繁な読図の為に手に凍傷を負った厳しい山行でした。少々荒れたこの期間、無事に帰れたのはナスガルさんの的確な読図力と3日間終始一人でラッセルを続けていただいた超人的な体力のお陰です。

山行記録

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コメント

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すごいです

【剣岳 点の記】さながらの山行でしたね。
まだ戦前のものがこんな厳しい環境の中で残っていると言うのも驚きですね。
記事を読みながら、ハラハラです。
そうとう過酷な条件下でのラッセルだったのですね~~
すごい経験をなさってます。

いいえぇ~

私、雪山の経験値が低くて…。
経験値が低いから大したこたないことで大騒ぎ。ナスガルさんは終始冷静でした。

ところでそのナスガルさんからメールでコメントを頂きました。あの覘標は戦前の物じゃなくて航空写真撮影用のものじゃないかって。sakusaku_fukafukaさんも仰っているように、戦前の物があの環境であの状態で残っているのは疑わしいとのことでした。

経験値と言えば…


5年後に登山人生を振り返る時のために、今からでも経験値を上げる方向に舵を切っていけるかなぁ。